全ては「自分の責任である」という生き方

2017.04.20

 「全ては自分の責任である」という生き方

 長い人生の中で、理解しがたい困難や出来事に直面することが、大小多々あります。とりわけ、自分は真面目に頑張っているのにも関わらず、何らかのトラブルや不幸に巻き込まれてしまった時、私達は、とかく周囲の環境や誰かのせいにしたりします。トラブルを引き起こした人が特定された場合であればなおさら、「その人の責任だ!」と断定することでしょう。

 そこで、あなたに質問です。

 「他人(もしくは環境)の責任にして、物事が本当に解決できるのでしょうか?」

 これからお伝えすることは、事の善悪といった価値判断ではなく、人生を最もパワフルに生きるための一つの見方です。結論から言えば、人生を最も自由にパワフルに生きる方法は、「全ては自分の責任である」という立場を取ることです。

 

ー目次ー

1.責任とはどのような意味か?

2.フランクル博士の偉大な発見

3.評価判断のメカニズム

4.選択するという決断

5.まとめ

では、なぜ「全ては自分の責任である」ということが、人生を最も自由にかつパワフルに生きる方法の一つなのかについて、お伝えしていきます。

 

1.責任とはどのような意味か。

 「責任」という言葉を聞くと、恐らく大半の日本人は、ネガティブ(否定的)な捉え方をしてしまうかもしれません。普通の感覚だと、自分の身の回りに起こる不幸な出来事は、「偶然や不可抗力のせいであったり」、もしくは、「他人の責任だ」と考えてしまうことが多いでしょう。反対に、真面目な人は、「私の責任でこうなってしまったんだ。。。」と自分を責め続ける場合もあるかもしれません。

 英語では、責任のことを、“responsibilityといいます。このresponsibilityの語源は、「response」(反応)と「ability」(能力)いう2つの言葉から成り立っています。つまり、responsibility(責任)とは、 自分の反応(response)を選択する力(ability)を意味します。責任という言葉の印象が変わってきたのではないでしょうか?

 

2.フランクル博士の偉大な発見

 あまり知らない人のほうが多いのかもしれませんが、ヴィクトール・フランクル博士(Dr.Viktor E. Frankl)という世界的に著名なオーストリアの心理学者が、非常に有名な言葉を残しています。

 Between stimulus and response there is a space.  In that space is our power to choose our response. In our response lies our growth and our freedom.

 訳しますと、stimulus(刺激)とresponse(反応)との間には、ある種のspace(間:ま)が存在する。その間(ま)において、我々人間は、自らの反応を選択する力をもっている。そして、その「我々の反応」の中に、自らの成長と自由が存在するのだ。

 フランクル博士は、1944年10月にアウシュビッツ収容所に送られ、死の淵を経験したのですが、その時の体験を綴ったものが、世界で900万部のベストセラーとなった『夜と霧』です。フランクル博士は、この恐怖体験の中で、この名言を世に残しました。我々は、刺激に対して、自動的に反応すると思いがちですが、実は、科学的には、「反応を自ら選択する力」を持っていることが証明されているのです。

 

3.評価判断のメカニズム

 評価判断のメカニズムは、シンプルに言えば、外部からの刺激⇒評価判断⇒選択⇒反応です。このメカニズムを、脳神経科学の視点からみると、感覚器官(視覚、聴覚、触覚、嗅覚、味覚=五感)から入力された「刺激」が、視床を経由して感覚皮質に届けられ、そこで分析されます。分析された信号は、扁桃体に届けられて感情的刺激であるかどうかの判断がなされれます。その判断が視床下部・中脳を経由して、身体反応を引き起こします(J.LeDoux)。

 つまり、何らかの情報(刺激)を受けて、喜んだり、怒ったりするのは、この脳神経プロセスを経由した結果の反応なのです。脳神経内の情報処理はとてつもないスピードですが、この「段階的なプロセス」があるからこそ、人間は、たとえ突発的な感情であっても、意識を働かせることで「反応」をコントロールすることが可能となるのです。

 

4.選択するという決断

 評価判断のメカニズムおいて、最も大切なのは、「反応を選択するプロセス」です。反応を選択する前段階として評価判断のプロセスを経由する時、「価値観」や「信念」という評価軸によって評価判断の内容が作られますが、最後にどのような「反応を選択するか」は、その人の選択次第です。

 例えば、一瞬でも思いとどまることができれば、怒りをぶつけたり、暴力的になったりすることを避けることができるのです。フランクル博士が証明したように、人間には、反応を選択するパワーがあります。人は、自ら反応を選択するパワーを元々持っているのです。

 「怒り」や「憎しみ」や「悲しみ」という感情の発生に対して、次にどのような「反応」を選択するかは、実は、あなたの自由、あなた次第です。それらのネガティヴな感情に対して、怒りをぶちまけて、相手を殴る、物を投げつけることも選択できるし、反対に、「私に何かできることはないだろうか」と愛の言葉を伝えることもできるのです。

ここでは、敢えて、どのような選択がいいのかの「価値判断」はしません。

そして、その反応の選択の中に、人間の成長と自由があります。「全てに対して自ら責任を取る立場」とは、response(反応)に対して自ら選択する力(ability)を発揮する立場のことです。

 すべては、あなたの自由な選択です。

 

5.まとめ

 「選択理論」を提唱したグラッサー博士は、次のようなことを言っています。

  • 他人は変えることができず、自分からは情報を与えることしかできない。
  • 自分にできるのは、他者に対する反応を変えることだけ。
  • 自分を変えることは可能なので、無駄に悲観的になってはいけない。
  • 外部をコントロールしようとすると自分が不幸になる。

 グラッサー博士が言うように、「自責」の立場に立って選択するならば、他人のせいにする必要もなく、不可抗力な出来事のせいにする必要もなく、自分の意思と力で反応を選択できる、つまり、責任(responsibility)を取ることができる、ということです。

人生やビジネスおいて、「全ては自分の責任である」との立場は、“他者や環境に左右されない、主体的な生き方”なのです。

すなわち、これほど、自由でパワフルな生き方はない、ということです。